企業結合処理の違いに見るIFRSの考え方

投稿日:2012年07月02日

1. 延期されている企業結合会計基準の改正

このコラムを書いている現在に、まだ発表となっておりませんが本来は2011年第三四半期早々にもIFRS(国際会計基準)へのコンバージェンス(収斂作業)の一環として改正企業結合会計基準が発表される予定でした。

しかし、昨年の東日本大震災の影響によりIFRSのアドプション(全面適用)が当初の2015年から2年から3年程度延期されたことに伴い、コンバージェンスも多くが延期されている状況です。

2. 企業結合会計におけるIFRSとJP GAAP(日本基準)との違いその1

上記のようにまだ改正案すら発表になっておりませんので推測の域を出ないのですが、現時点で改正の対象と判明している企業結合会計基準のIFRSとJP GAAP(日本基準)との主な違いは大きく二つあるものです。

1点目は、「のれん」の会計処理の違いです。ちなみに「のれん」とは皆様がお店に入る時、普段眼にする布製の入口に掛かっているものではありません。会計上の「のれん」とは企業のノウハウなどを体現した超過収益力とされているものです。例えば、順調に成長しているベンチャー企業を買収する際、会社として売却される場合と、会社解散により営業停止してその不動産、使用設備全てを単純に切り売りされる場合とでは当然売却価格が変わってきます。会社としての売却、すなわち営業譲渡の場合には、引継顧客や今までのノウハウ、そして市場の成長性なども売却金額に上乗せされますので、会社の資産負債を差し引いた純資産価額以上での売却となるものです。

この際、購入した側が、支払った額と購入した会社の純資産評価額の差額分として計上する勘定科目がこの「のれん」と呼ばれる勘定科目なのです。

IFRSにおいては、この「のれん」は非償却資産として扱いますが、同時に毎期々、減損テストが実施される資産です。すなわち購入した会社の将来のキャッシュフロー(以下CF)収入の見込みが会社購入時の計画を大きく下回った場合などに評価替をして「のれん」を減額していくものです。

対してJP GAAPでは、「のれん」を償却資産として扱い、原則5年から20年掛けて償却し費用化していくものです。但し、減損テストの実施はIFRSと同様に行い、CF収入見込みの低下時には定額的償却を上回る「のれん」の減額を行うものです。「のれん」を償却資産とするJP GAAPの会計処理はM&Aなどで急成長していた新興企業を中心に不満の声が上がっていたものです。IFRSでなら会社買収時の見込みのCFを達成していれば、「のれん」は無形固定資産として扱われ何の費用負担もしなくて良いのに、JP GAAPにおいては「のれん」は償却資産なのでのれん償却費の費用負担が重荷になると言うものです。これでは、欧米のように活発な企業買収による企業の成長戦略が取り難いと。

「のれん」には一方で購入会社の純資産額を下回る「負ののれん」と呼ばれるものがあります。これは買収企業が赤字会社だったり、今後リストラなどで多額の費用負担が予想される場合に生じるもので、こちらについてはIFRS、JP GAAPとも即時に収益化するように基準を既に改正し合わせているものです。

3. 企業結合会計におけるIFRSとJP GAAP(日本基準)との違いその2

2点目は、子会社株式の部分売却時の会計処理です。IFRSにおいては、子会社株式を部分売却してもなお50%超すなわち過半数の株式を保有している場合は「支配が継続している子会社株式」として扱われるので金融商品ではなく連結レベルでの自社株の扱いとなっています。そのため、子会社株式を部分売却しても売却価額と売却簿価の差額は売却損益処理せず、資本取引として資本剰余金として計上するものです。

対してJP GAAPでは個別と連結で売却簿価の計算は変えるものの、子会社株式の売却は部分売却によりなお50%超すなわち過半数の株式を保有していたとしても「外部に売却されることにより子会社株式から金融商品に変更」として扱われます。従って、子会社株式の売却価額と売却簿価の差額は売却損益として処理されるものです。

もし現行のJP GAAPの子会社の部分売却処理をIFRS方式にすると、今後日本の企業は子会社株式の部分売却による益出しや損出しと言った調整は出来なくなるでしょう。

4. 企業結合処理の違いに見るIFRSの考え方

これらの企業結合処理の違いから見えるのは、やはりIFRSは会社の買収や譲渡を前提とした資産負債アプローチによる企業価値算定に重きをおいているなと言うことです。

1つ目の違いは「のれん」の定義づけの違いから引き起こされていると思うものです。IFRSでは企業は顧客やノウハウも含めた集合体なので、単なる財産評価を含めた金額よりも投資が上回るのは当たり前である。それは「のれん」と言うれっきとした資産なので収益を生む限り資産として評価し、償却の必要は無いものです。

ちなみにIFRSではこのように「のれん」に重きを置く分、中立的な第三者による「のれん」の分析手続き、パーチェスプライスアロケーションと呼ばれる作業を必ず会社買収時には実施することが義務付けられてます。すなわち「のれん」の中身を、買収時点で会社が保有する受注残高が将来生み出す利益によるものなのか、それとも安定的な顧客層からなるブランド価値なのか、その会社が持つ製品開発力、マーケティング力なのかなどそれぞれ原因別に分解するのです。これらの分析レポートと共に、「のれん」の資産計上を認めるものです。

対して日本は「のれん」にさほど重きをおかず、買収側の見込み金額と会社の財産評価のずれに過ぎず根拠は特にないものとして原則期間を最長20年までとして費用処理を定めたものです。デュデリーと呼ばれる、会社の簿外負債や資産の有無を確認することを主とする作業は行っても「のれん」を第三者的なコンサルタントを雇い原因別に分析させることは通常お金と手間と時間が掛かるため省略していることがほとんどなのです。

さて2つ目の違いに言及するとこのように「のれん」に重きをおき分析などの手間を掛けているIFRSは、「のれん」の効果が有効な「支配が継続している子会社株式」の部分売却は金融商品と出来ないのは明らかです。そのため売却損益は認識しないのです。

逆に日本は「のれん」は根拠の無い費用化対象資産に過ぎないのでそもそも効果など認めないので「支配が継続している子会社株式」の部分売却は金融商品の売却に過ぎないものです。

この会計コラムでは再三述べていることですが会計処理はどちらが正しいかと言うよりも同じ事象に対してもどのような考えに基づいているのかの理解が必要と思うものです。

IFRSについても表層的な処理の暗記によらず、なぜそのような処理をしているのかの考えに思いを巡らせる事が重要ではないでしょうか?


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