経済不祥事に見る利益や損失の概念その3

投稿日:2012年06月04日

1. 評価損益は利益と呼べるのか

この会計コラムでは3回に渡り、経済不祥事を取り上げてきました。古くはバブル崩壊時の大手証券会社の『損失補填』、カリスマ若手経営者を有する新興企業の『ファンドを通じての自社株の売却益の利益付替』、そして最近の光学老舗メーカによる『ファンドを通じての有価証券の損失を会社買収時ののれん評価損への付替』などです。

これらの事例に対し貨幣の裏付が有るか無いかの観点から『実態』と言う言葉を、そして『自社株売却益のような資本は利益にしてはいけない』などの会計処理の不正の観点から『表示分類の妥当性』と言う言葉の二つを用い、それぞれの経済不祥事をパターン化してきたものです。『表示の分類の妥当性』においては、『実態』が伴っても『資本』を『利益』として計上は出来ない。また『損失補填』や『有価証券評価損ののれん評価損付替』は貨幣的裏付が有るから問題はないではなく、正しく両建てで収益だけではなく損失も計上すべきなどとまとめてきたものです。

この過程で実は利益の妥当性の判断においては『実態』としての貨幣の裏付があることが大前提でした。ここで最後の議論として時価会計における『評価損益』は果たして利益と呼べるのか?ということを最後に考えてみたいと思います。

2. 評価損益は『実態』を伴っているか?

現在、日本においても会計ビックバンと呼ばれた制度改正後、当然のように時価会計が採用されています。しかし、IFRSへのアドプション(収斂)へ向けて現在の評価損益の計上範囲が広がろうとしているのです。具体的な改正内容については、6回のコラム『時価による評価損益と公正価値による評価損益』で述べましたが、この改正に伴い時価に代わり新たに公正価値と言う概念が取り入れられる予定です。

これは現在の時価を意味する市場価格に加え、市場価格が付いていない場合でも類似市場の価格を代わりに使用したり、類似市場が無い場合でもさらに踏み込み将来予測による資金収支に基づくモデル市場価格も公正価値として時価の範囲を広げるものです。これらの拡大された時価概念、公正価値を使って『評価損益』を算出するものです。従って、この手法によれば市場の無い資産やあまつさえ負債についても『評価損益』が算出することが可能になります。

日本ではそもそも、『評価益』の計上には『保守主義』と言う概念が処理を阻む根拠としてありました。『保守主義』とは投資家や債権者を保護することを目的に、会計処理について、損失は貨幣的裏付が無い見積りの状態であってもその兆候や確立が高くなった時点で早めに会計上計上処理し、逆に利益は貨幣的裏付が確定した状態、いわば確実に見込めるまで会計上計上してはいけないという考えです。

この考えに立つならば、売却せずに市場価格と簿価の比較をして差額を『評価損益』している時価会計については、『評価損』の場合には損失の見積りに相当するので計上しても問題ないが、『評価益』については売却していないのだから売却代金という貨幣的裏付は伴っておらず計上してはならないとなるものです。『評価益』は保守主義の考えの下では『実態』の無いものとされていたのです。どんなに『評価益』が計上されても、売却処理されていない場合には絵に描いた餅に過ぎないという考えです。

3. 保守主義から時価会計へ

しかし、グローバル化の中、『保守主義』により『評価損』のみ計上する日本の会計処理は以下の問題を指摘されるようになったのです。例えば、非常に高い含み益のある土地などが明治時代の低い取得原価のまま計上されていることで企業の実態が見え難くなってしまう。そう言った企業では、本来取るべき行動、含み益はあるけれどあまり企業で活用されていない資産の売却を進め、その資金で新たに企業にとって成長の見込める分野に投資をするといった『投資の選択と集中』が進まず、企業活動を停滞させている。こういった批判が海外の投資家たちを中心に起こったのです。また株価にこれら含み益が反映されていない企業をターゲットに海外の投資ファンド、日本の新興のファンドなどから敵対的買収を仕掛けられる事例が目に付くようになったのです。

また保守主義の観点からも、上場株式や為替のような市場が整備されているものについては、売却の意思さえあれば直ぐに売却が現実的に可能であるということで『評価益』についても貨幣的裏付のある『実態』が有る状態に準じるとして、会計上計上しても問題はないとされたものです。

このような経緯もあり、日本でも会計ビックバンの一環として株式などの有価証券、為替予約などのヘッジ会計については時価会計を認めるようになったものです。同時に金融危機などを受け、金融機関を中心に財政の改善を促すため、時限立法的に土地の再評価による評価替を認めたものです。ただし、これら評価替に伴う差額は損益としては認識せず、直接資本処理をすることで、時価会計の含み損益の影響は純資産の増減には反映しつつも、当期損益計算には影響しないようにしたものです。

また不動産についても、その後保守主義の考えにたち将来資金収支の予測に基づくモデル市場価格が簿価を下回る場合には『評価損』を計上し、減損会計処理するようにしたものです。

4. 将来資金収支予測モデル市場価格を根拠とする評価益の是非

そして、現在は更にその考えが推し進められ、市場価格によらないモデル市場価格に基づく『評価益』が利益に含められようとしています。

私は、モデル市場価格そのものを否定はしません。『保守主義』のかせをはめて、『評価損』を計上する際にツールとして用いるには良いと思います。しかし、現在の制度改正で予定されるように『評価益』の計上の根拠には使用するにはいくつか厳格なチェックの仕組が不可欠と思うものです。

なぜなら、将来資金収支予測は市場価格のような過去データではなく将来予測データに過ぎないからです。現在は非上場会社買収の際の企業価値算定根拠としてもよく使われていますが、昨年起きた老舗光学メーカーによる経済不祥事のように将来資金収支予測を意図的に高く設定することで不正に割高な企業買収が可能になってしまう処理に悪用されたものです。予測なので株主など案件に直接タッチしていない部外者がこの時点での不正を見抜くのは難しいものです。

またリーマンショックが起きるまで、不動産の高騰を招いたのも将来の家賃の値上がりなどを根拠に将来資金収支予測から算出されたモデル市場価格に基づく一見根拠のある値付けだったのです。このようなあやうい側面を持つ将来予測に基づくモデル市場価格は、個人の私見となりますが、利益計算には含むべきではなく含む場合であっても配当利益からの控除などの種々の制限を課して、通常の利益とは明確に区別できるようにすべきと思うものです。


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