時価による評価損益と公正価値による評価損益

投稿日:2012年03月05日

1. 資産負債のアプローチの先にあるもの

前回は欧州の会計基準IFRSが採用している『資産負債アプローチ』について解説いたしました。これは、財務諸表の中で貸借対照表(以下BS)に重きを置く考え方で、いつでも解散価値(会社の売却価格)が算定されることを前提としたものです。対して、日本の会計基準JP GAAPは『収益費用アプローチ』を採用しています。こちらは、損益計算書(以下PL)に重きを置く考え方で、企業が半永久的に継続されることを前提としています。

このように会社の売却価格算定を目的とするIFRSではBSの時価評価の手続きこそが会計の役割の中心となります。しかし、JP GAAPにおいては会社の継続性を前提とした会計のため、実現可能性の評価損益の測定に過ぎない時価会計は売買目的資産を除き重要視されていなかったのです。そんな中、IFRSの全面適用アドプションに向けて制度改正コンバージェンスを進めていく中で、JA GAAPは、今『資産負債アプローチ』の考え方を『包括利益計算書』などの制度を新たに設けることで、受け入れようとしています。その結果として、改めて『時価』と言うものの本質が問われようとしているのです。

2. 時価とは何か

IFRSにおいては『時価』と言う言葉は使いません。同様の意味を持つ言葉として『公正価値』と言う言葉を使用します。そして『公正価値』による評価も今までのような売買目的資産のみならず通常の資産そして負債まで幅広く適用されるものです。

皆様の多くは『公正価値』による評価を通常の資産に広げるのはともかく、負債にまで広げるのはイメージし難いかもしれません。では、なぜ負債にまで『公正価値』評価が求められるのでしょうか?ここではまず『公正価値』について説明しようと思います。

3. 公正価値とは何か

『公正価値』はIFRSにおいてレベルを大きく3つに分けて定義されています。レベル1とは、市場が存在する場合を言い、市場価格を『公正価値』とするものです。レベル2は市場が無い場合が相当し、類似した市場の市場価格をもって『公正価値』とするものです。そして、レベル3とは類似する市場も無い場合であり、将来予測による資金収支に基づくモデル市場価格を算出し『公正価値』とするものです。

この定義のように『公正価値』とは今まで使用されていた『時価』と異なり、市場の無いものにも適用されます。加えて、時にモデル市場価格のように将来の予測に基づく理論値も含まれます。

広く認知はされていませんが、日本でも実は有形固定資産の『減損会計』などで、このモデル市場価格に基づく評価は既に行われています。当該資産が今後数年稼ぎ出すであろうと予測された金額を会社の調達金利などで割引いて現在価値にしたものと簿価を比較し、現在価値の方が低ければその金額まで簿価を切り下げるものです。

そもそも『減損会計』は米国の会計基準US GAAPに習い導入された制度です。その意味で将来の資金収支を予測し調達金利で割引いた金額で評価する手法はIFRS、US GAAP共通の手法と言えるのです。これは会計基準の作成の仕方には理論中心のIFRS、実務中心のUS GAAPと言う差はあっても、欧米においてはどちらも会社の買収等が盛んであり、BS中心の『資産負債アプローチ』を取っていることからが原因ではないでしょうか。

4. 負債評価における公正価値

ここで、前述した現状の日本では違和感を感じる負債をなぜIFRSではあえて公正価値評価するのか?について再び考えてみようと思います。

まず、欧米の会計では企業の買収価値算定を目的とする場合には負債も当然のこととして評価の対象になると言うのが根本理由と私は思います。そして、もう一つの理由は調達金利の割引による将来キャッシュフローを前提としたモデル市場価格の手法が欧米では広く行き渡り『公正価値』として認められていることではないでしょうか。同時に将来予測が技術的に可能であると考えられれていたことが原因であると思うのです。

もし負債を欧米のように公正価値評価するならば、日本でもトヨタ、ソニーのような有数の大企業であれば社債を発行し、格付けなどにより時として『公正価値』のレベル1の市場価格、レベル2の擬似市場の市場価格での評価は可能です。しかし、通常の企業では多くがレベル3の将来予測によるモデル市場価格を採用することが多いと思うものです。そしてまた負債の評価については、将来予測が技術的に可能であるとの前提が、リーマンショックなどの経済危機の発生で崩れ去り、思わぬ問題が生じることが明らかになったのです。

5. 負債の減額に伴う評価益の計上

米国の大手投資銀行などがリーマンショックなどのさなかに多額の利益を計上し、多額の報酬を経営陣が手にしたことに一時批判が集中しました。これは実は本業で稼いだのではありません。信用不安の中で自社の負債の評価額が大幅に目減りしたため、会計処理上負債の減額に伴う評価益が計上されたことによるものなのです。

こうなってくると、『公正価値』は従来日本人が使ってきた市場価格を想定し、直ぐに市場で換金できる金額を示す『時価』とは全く異なるものであると思わざるを得ません。

このような問題が顕在しているにもかかわらず、現在日本はIFRSに合わせ『公正価値測定及びその開示に関する会計基準案』を策定し制度改正しようとしています。この改正はJP GAAPが従来の継続主義に基づく『収益費用アプローチ』から会社買収価値算定を主眼とする『資産負債アプローチ』による会計に方針を転換する決め手となるものです。しかし、IFRSやUS GAAP自身がこの経済危機の中でこの処理の妥当性を揺るがす問題に直面し、改正を主張する声も出ています。従って内容の追加修正が行われるかなど今後も注視が必要となると思うものです。


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