包括利益計算書導入に見られる
日本の会計基準のパラダイムシフト

投稿日:2012年02月06日

1. IFRSの考えを反映した制度改正

IFRSの全面適用は先の東日本大震災の影響で延期されつつありますが、日本の会計基準をIFRSに合わせて改正するコンバージェンスと言う作業そのものは全面適用延期の影響を受けつつも、現在も続いています。

その意味で、既に日本の会計基準の直近制度改正にはIFRSの考え方が既に多く取り入れられています。

2. 包括利益計算書とは何か

ここで最もIFRSの考えを反映した直近の制度改正として、今回は『連結包括利益計算書』を挙げたいと思います。『連結包括利益計算書』とは、日本基準の『連結損益計算書』では利益とみなされなかった会社保有の金融商品などの含み損益の増減額や為替影響の増減額も『その他包括利益』として従来の利益に加え表示している連結損益計算書のことを言います。

より開示項目を増やすことは開示の透明性を増すことにも繋がります。そのため、多くの人は通常の事業活動による利益と区分する形で『その他包括利益』を算出し開示することは単純に良いことだと考えるのではないでしょうか?

私も昔は上記のように考えていたのですが、会計士として監査する立場、経理担当者としてIFRSベースの連結財務諸表を作成する経験を経て少し考えが変わったものです。それは難しい会計用語の言葉で言うと『実現』していない利益である『包括利益』を利益として集計の対象に入れることの問題点に気がついたということなのですが。

ここで言う会計上の『実現』利益とは貨幣的裏付がある利益と言うことです。即ち利益の計上と共に信用売などのタイムラグはあってもいずれ換金されるものについては貨幣的裏付有りの『実現』とみなされるものです。対して『その他包括利益』は売却などの『実現』に伴う行為はなされていないため『未実現』利益に過ぎず、『評価損益』に過ぎません。

私は『未実現』利益に過ぎない『包括利益』を重視すると以下の二つの弊害が生じると思うものです。一つはリーマンショック崩壊直前のような不動産投資ブームの際には評価利益が容易に生じるので本業の事業よりも投機的な活動に主軸を置きがちになってしまう弊害です。その結果、リーマンショックのような事態が生じた場合には評価損失が莫大となり会社財務に深刻な影響を与えてしまいます。もう一つは実務経験を通じ感じたものですが『評価損益』の算出には多大な工数が係り、連結決算作業の負荷が重くなってしまうという弊害です。

3. 資産負債アプローチ

上記のような欠点を抱えつつも、IFRSにおいて『包括利益』の表示が不可欠と考えられるのは、これがIFRSの基本概念によって導き出された会計処理であることに他なりません。つまり、IFRSにおいては会社買収のような評価手続きを毎決算毎に実施するものです。そこでは当然保有資産の含み益も会社買収価格算定において考慮します。そして、貨幣的裏付の有無は問われないのです。

そもそも、IFRSは日本の会計基準JP GAAPや米国の会計基準US GAAPと異なり、まずは基本概念としてフレームワークと呼ばれるものが定められています。その中で利益の定義が定められているものです。

それは『資産負債アプローチ』と言う概念です。『資産負債アプローチ』とは財務諸表の中で企業の財政状態を示す貸借対照表に重きを置く考え方です。『資産負債アプローチ』によると利益とは企業の純資産を増やすものになり事業活動だけでなく将来換金予定の未実現の評価損益も現行のIFRS会計基準では純資産増減に影響しているため、利益とするものです。

対してJA GAAPは『収益費用アプローチ』を採用しているものです。『収益費用アプローチ』とは財務諸表の中で企業の経営成績を示す損益計算書に重きを置く考え方です。従って『収益費用アプローチ』によると利益とは企業活動から生じた原則貨幣的裏付、すなわち『実現』性を伴うもののみ利益とするものです。その一方で例外として、損失は早めに見積もり計上すると言う保守主義に則り、企業活動によらない一部強制評価減などの『評価損』のみ取り込んでいるのです。

このように、『収益費用アプローチ』による利益概念の方が、『資産負債アプローチ』による利益概念と比べると一方の損失のみを取り込む形となるためダブルスタンダードになり、すっきりしないものになっています。

JP GAAPの利益概念が中途半端なものになってしまう原因はそれが、『一般に公正妥当と認められる会計慣習』から導き出されたものからだと思うものです。JA GAAPにはそもそもフレームワークに相当する基本概念は用意されていないのです。

しかし、一方でIFRSは利益などの概念の説明においてはすっきりする半面、基本理念から導き出される会計基準であるため、そこは実務上の負荷などが考慮されません。そのため前述したように、IFRSの実務経験から申しますと集計作業が大変です。時にはまともに実践していたらいつまでたっても決算は締められないのでは?と思うことすらありました。逆にJA GAAPは実務から逆算して会計基準になったものが多くを占めるため、実務上の負荷は自然と考慮され、IFRSに比べるとその実効性は担保されているものです。

4. 実務中心の日本基準に概念中心のIFRSを基とする改正を移植する意味

このように対照的な考えを持つ日本の会計基準JA GAAPに、今冒頭で申し上げたようにIFRSの考えに基づく制度改正が移植されようとしています。

それは誤解を恐れず言うのであれば、PL中心の企業が半永久的に継続されることを前提とした会計から、BS中心のいつでも解散価値(会社の売却価格)が算定されることを前提とした会計へのパラダイムシフトへの過程と言えるのではないでしょうか?

TPPの議論のように白熱はしていませんが、グローバル化の中で日本はあらゆる局面において国際化を突きつけられていることを皆様にもこの制度改正を通じてご理解いただけたらと思うものです。


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