新たなるトライアングルの始まり
その2

投稿日:2013年03月04日

1. はじめに

前回は以前日本の会計が規制する法律、法人税法、証券取引法、商法のそれぞれの立法趣旨や適用対象の違いから各法律によって会計処理や開示が異なりトライアングルと揶揄されていたことをご説明しました。

現在は会計ビックバン後の諸制度の改正により証券取引法は金融商品取引法に、商法は会社法に形を変え、同時に法人税法も改正され以前ほどは両方の処理を否認することも減り、この各法律法の差異を調整する会計処理や開示の手間は減ってきた旨を併せて振り返ってきたものです。

しかし、現在かつてのトライアングルが復活する兆しが出てきています。これは国際会計基準(以下IFRS)による制度改正を受けてのことなのです。

先の東日本大震災を受け、IFRSの適用については当初2012年に強制適用の是非を判断し、2015年より適用されるスケジュールが延期となったものです。

そして、IFRS適用の準備として日本の会計基準をIFRSに合わせ改正するいわゆるコンバージェンス(収斂)作業も一旦中断となっていました。

しかし、震災から1年余り再びIFRS適用への動きが出てまいりました。そして、このIFRSへのコンバージェンスへの対応を連結決算のみに集中させようとしていることが、結果として再び3つの制度による会計処理を分断しようとしているのです。

2. 新退職給付基準の主な改正内容

その具体的な事例として新退職給付会計基準について説明したいと思います。これは現在の日本の退職給付会計をIFRSに近づけるために2009年1月にIFRSと日本基準(以下JP GAAP)との差異につき論点整理が行われ、この2012年5月に改正され公表されたものです。

退職給付の考えそのものは既に会計ビックバンで採用されておりますので今回の改正は大筋では変化がありませんが、IFRSに合せ以下の処理が大きく変更されることとなりました。

1つは現在、日本の退職給付会計では退職後の年金については運用の巧拙にかかわらず、いくら支払うかが予め決まっている確定給付と言う制度が多くを占めています。年金運用が上手く行かずこれが足りない場合、数理計算上の差異が毎年決算においては計算されるものです。いわば負債の一種になるものですが、これは現在日本においては注記として開示はするものの負債計上は一部のみとなっているものです。これをIFRSにならい全額負債計上するものです。

もう1つは現在勤続年数割りなどで単純に按分計算されている退職給付費用をIFRSと同様に給付の実態にそって按分計算する給付算定基準の採用などで行うことなどの退職給付債務計算そのものの見直しです。この他にも現在長期国債の利回りを画一的に計算に当てはめている割引率から支払期間毎に設定した複数の割引率を使用したり、加重平均した割引率を使用したりするものです。

数理計算上の差異を毎期毎期認識しすぐに全額負債計上することは低金利が続き逆ザヤと呼ばれる状況が続く日本においては負債が現行基準より多く計上される可能性が高く企業の純資産を目減りさせる影響が出るものと思われます。

と同時に退職給付債務計算そのものの見直しは、より精緻に計算をする分、経理部等の担当部署に多大の事務負荷の増大をもたらすものです。

この他の改正としては、上記退職給付債務計算そのものの見直しを受けての開示の拡充となるものです。積立型と非積立型の内訳や退職給付信託の割合や金額の注記など細かな開示要請が新たに生じるものです。

そして、現在の経理における科目名称も新退職給付会計基準適用と共に見直されます。「退職給付引当金」は「退職給付に係る負債」に。「前払年金費用」は「退職給付に係る資産」、「過去勤務債務」は「過去勤務費用」、「期待運用収益率」は「長期期待運用収益率」に変更されるものです。

3. 連結のみに適用

これが新退職給付会計基準の改正の主な内容なのですが、実はこの適用には今までの基準改正とは違った適用範囲が取られることになっているのです。

ちなみに改正時期は3月決算の会社で早期適用の場合には2013年6月の第一四半期から、強制適用の場合には2014年3月の期末より適用されるものです。

しかし、前述したようにこの改正は経理部等の担当部署に多大の事務負荷をもたらします。そこで特例的にこの新退職給付会計基準は上場企業等金融商品取引法が適用される会社のみが対象とされ、さらに連結財務諸表のみ原則適用となったのです。これが前述の今までの基準改正の適用範囲とは大きく異なる点です。

つまり例え上場会社であっても個別財務諸表では開示の拡充を除いては当面の間、この新退職給付会計基準の適用は見送られることとなったのです。

これは既に震災前からあったIFRSに対しての反対意見が震災やリーマンショックを受けての見直しの機運を受けて苦肉の策として講じられたことかもしれません。

すなわち実務上の負荷を無視して原理原則主義が過ぎるIFRSを無定見に受け入れると上場企業も含め莫大な労力を費やさねばならない。またリーマンショックなどでも判るように公正価値評価などに重きをおくIFRS会計は非常に時価による損益の変動幅が大きく長期的に見て企業の財政状態に悪影響を与えかねないなどです。

私も上記IFRSへの批判の意見には概ね賛成するものですが、だからと言って連結財務諸表にのみこの新退職給付会計基準を適用させると言う特例的な適用範囲にするやり方には反対です。

4. 新たなトライアングルの形成

なぜなら、上場会社の連結経理担当者は新退職給付会計基準適用後の連結決算については、本来であれば完結しているはずの退職給付会計をIFRS用に改めてし直さなくてはならなくなるからです。個別財務諸表で計算される退職給付債務は従来の退職給付会計基準が適用されるため科目名称から数理計算上の差異の全額計上に至るまで連結グループ各社の置換えをしなければならないのです。

これは従来の商法、証券取引法の決算において多くの手間を掛けた調整を思い出させますしそれよりずっと負荷の高い作業となることが予想されます。

何よりIFRSへの批判を避けるため、その適用を不自然に連結財務諸表のみに集中させるのは、ただでさえ重いIFRS適用による負荷の増大に加え、個別財務諸表からの組替及び再計算と言った調整に伴う負荷を場合によっては連結財務諸表担当者に集中させることとなるのではないでしょうか?

IFRSについてはもっと根本の対応を模索すべきと思うのですがこれが今後のIFRSによる制度改正のダブルスタンダードの基本になるのではないかと懸念するものです。

その意味で、今後は金融商品取引法と会社法の代わりに、個別財務諸表(JP GAAP)と連結財務諸表(IFRS)、税法と言った新たなるトライアングルが出現すると思われるものです。


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