有給休暇引当金にみるIFRSの負債概念

投稿日:2012年12月03日

1. はじめに

有給休暇引当金と言う引当金は現在の日本の会計処理では計上されません。IFRSや米国基準など欧米の会計基準で義務付けられる引当金となります。

私はIFRSの処理については将来のCF予測に基づく公正価値評価による資産評価益の計上を中心に多くの会計処理にどちらかと言うと批判的な立場を取っております。しかし、この有給休暇については、はじめてその存在を聞いたとき、「なるほどなあ」と感心したものです。

今回はそんな有給休暇引当金のご紹介と共に、そこから見えるIFRSの負債概念について述べて行きたいと思います。

2. 有給休暇引当金とは?

まず、有給休暇引当金とはそもそもどのようなものでしょうか?有給休暇引当金とは、決算時において、その年に従業員に給付された各人の未消化の有給休暇残高日数に対応する各日給を乗じて計算された負債性引当金です。これは過去の実績に基づく各人の有給休暇の消化率も考慮して計上されるものです。

例えば、10日間の有給休暇付与に対し、付与年度は3日間の休暇、翌年度は2日間の休暇、翌々年度は1日間の休暇をそれぞれ取得したとします。通常有給休暇の取得の権利は3年で消滅しますのでこの場合、取得可能期間を通じての消化率は60%となり、初年度の消化率30%、2年目の消化率20%、3年目の消化率10%となるものです。決算の時点では初年度の消化は完了していますので、2年目と3年目に取得されると予測される有給休暇分を2年分あわせて30%分3日の日給相当額を負債として引当計上するものです。そして未消化が予想される40%分については引当金の対象から外すものです。

こうなると、基本給が高い管理職ほど高く引当金が設定されるのです。実際には従業員個別に引当金を計算するのは大変なので通常は職階に応じた平均給や消化率などを採用し、算出処理を簡便化するものです。

3. 有給休暇引当金の根拠は?

ここで、有給休暇引当金についてこのように思う方がいるかもしれません。通常、賞与や残業代などを除き日本では給与は固定給なのだから有給休暇を付与しても新たな出費はないのではないか?

ならば、未消化の有給休暇残高を負債計上し追加計上分を引当金繰入とするのはどのような意義があるのだろうと?

この原稿を掲載するに当たりネット等でいくつか検索してみましたが、ある方は期間対応の原則から見て、有給休暇を付与したタイミングに合わせる重要性と有給休暇の取得が盛んな欧米では有給休暇の重要性が高いからではなどの意見が述べられていました。

これらの意見にうなずきながらも私はもっとシンプルに有給休暇の付与は実は企業に取っての潜在的に追加費用の支出を伴う可能性のある負債だからと言う考えを取っています。

仮に、社員Aさんが有給休暇を取りそのAさん不在分のマンパワーをどうしても臨時採用等で穴埋めを強いられるとしたら有給休暇取得者の日給相当の費用負担が必要になるのではないでしょうか?

勿論、実際には日本では通常、欧米でさえも有給休暇を取得するスタッフの穴埋めは通常勤務している既存スタッフがカバーすると思いますので、費用負担が発生する現実味は低いかもしれません。

しかし、資産負債アプローチをフレームワークとして採用し、将来CF予測による公正価値評価まで行うIFRSの会計基準の考え方に照らすと、またバカンスと言う言葉も定着し、夏季休暇などで1ヶ月相当の有給休暇申請もする欧米の慣習を鑑みるに、有給休暇が与える経営への影響は無視できないのではないでしょうか?やはり数値化して負債計上すべきと私は考えております。

ちなみにIFRSの会計基準は会社買収価格算定にほとんどそのまま使用できる位手間と時間を掛けて会社の資産負債の評価をすることを目的にしている側面が有ります。

その観点に立つならば、会社買収時に社員の有給休暇消化率が100%で買収後新たな有給休暇を付与しない限り、社員は休まずフルに勤務する会社と、有給休暇消化率が0%で買収後、残存有給休暇を100%取得され従業員が何日も休暇を取得されてた上に、1か月分の給与を支払わなくては行けない会社ではやはり会社の買収価格の評価に差を持たせざるを得ないのではないかと思うものです。その差に対する評価を数値化したものが有給休暇引当金なのではないでしょうか。

有給休暇の取得についてもう少し詳しく触れますと、従業員からの有給休暇の申請に対し、会社は裁量権により繁忙期などの長期休暇の取得については時期を変更させることも可能ですが、有給休暇申請そのものを無くすことは出来ません。

そうは言っても日本においてはサービス残業などの慣習も残っていることからもわかるように有給休暇の消化率は低い水準のまま留まっていると言えるでしょう。そのため有給休暇引当金の計算時には低い消化率を乗じることになりますので有給休暇引当金は計上しても大した金額にはならないと言う考えが有るのも事実です。しかし、この考えは計上処理そのものを否定する根拠にはなり得ないと筆者は考えるものです。

4. IFRSにおける負債の概念

このようにしてIFRSにおいては潜在的な負債として計算される有給休暇引当金ですが、私はここにIFRSの負債に関する考えが顕著に出ているように思えます。

つまり企業価値の評価に関して考えられるリスクを可能な限り数値化し負債として計上しようと言う考えです。

今回は有給休暇引当金を代表的なものとして取り上げましたが、実はこれはIAS第19号と言う基準で規定されている従業員給付の一つの事例に過ぎません。従業員給付とは企業が福利厚生の一貫として従業員に与えるサービス全般を指します。IFRSではこれを前述のように可能な限り数値化し負債計上すると同時にその負担を費用処理していくものです。

従業員給付の代表としては日本でも既に定着している退職給付会計が挙げられますが、それ以外にも大企業などで見受けられる退職後の一定期間の健康保険組合による医療費補助なども含まれるものです。

5. 最後に

このようにIFRSでは負債の概念は日本の現行の範囲より広い範囲をカバーしています。従って、従業員福利厚生が手厚い大企業などではIFRSの全面適用後の従業員給付に伴う負債計上と費用負担によりそれ相応のインパクトを受けるのは避けられないでしょう。

IFRS導入の議論は停滞していますが、上記のような分析も時に必要と思うものです。


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