IFRS全面導入で見直される原価計算2

投稿日:2012年11月05日

1. はじめに

前回は原価計算は国際会計基準(以下IFRS)の日本への全面導入によって大きな影響を受けると言われている一方で実は資産負債アプローチを基礎概念(フレームワーク)とするIFRSでは原価計算そのものには直接触れていない旨をご説明してまいりました。

また、日本の原価計算との大きな違いとして試験研究費の取扱いについて言及したものです。

試験研究費を原則資産処理して費用の範囲を狭めるIFRSを採用した方が原価計算の額は小さくなり有利になるのではないかとも考えられますがそうはいかない部分があります。

今回はその論点につき改めて述べていきたいと思います。

2. 原価と言う概念の違い

私は前回原価計算の概念について『製品やサービス売上に対し掛かった費用を集計し、直接の利益を算出するために使用される手法』と述べてきました。日本の企業は材料費、人件費、経費と言った原価計算項目を集計実績に基づき集計し、按分と言う配分作業を通じて在庫となる棚卸資産と当期分の売上原価に分けて行ったのです。

対してIFRSでは原価は何と集計実績によらないものです。敢えて極端な例を言うとIFRSでは原価とは市場が有るなしに関係なしに一般的には同等機能の製品などがいくら費用が掛かっているかの集計です。従って、自社の実績には極論を言うと原価は左右されないのです。つまりここでも会社が買収、あるいは清算されたした場合の企業価値はいくらかという視点が徹底されているように思うのです。原価からは離れますが、IFRSにおいては時価とは市場価格ではなく将来予測CFに基づく公正価値も時価とみなされるので日本とは別物であると言うのも、このIFRS会計の絶えず会社の買収価値算定のための会計と言うのも要は同じ論理構成となるものです。

原価に戻ると、たとえ、どんなに会社で人件費などが掛かろうとも同等機能でもっと安い原価集計が行われれば、IFRSの下での原価計算はそちらに合わせた評価に基づく原価を計上しなくてはいけません。こうなると、現行の実績集計に基づき貸借対照表に資産計上されている製品などの棚卸資産は安い原価の新興国の同機能製品の影響を受け多額の評価損をだすおそれが有るのです。現在TVや車、DRAMなどの半導体など以前は新興国では生産出来なかった工業製品が続々とその低価格を武器にグローバル市場に流れ込んできています。もしIFRSの全面適用になったら、これらの棚卸資産を計上している大企業は大きな影響を受けると言われているものです。

そのため、IFRSを適用しているグローバル企業は少しでも人件費を低く抑える目的から日本などより早くに生産拠点を人件費の安い新興国に移し原価低減を図ってきたものです。

日本では原価計算というと実際に発生した費用をいかに実態に即して、簡便にスピーディに集計するかに力点が置かれていましたので、同等機能の他社製品原価を参考にすると言う思想がそもそもありません。日本での原価低減と言うと実績に即して集計された原価を分析し、作業工程などを見直すなどの徹底した効率を追求することで実績を低く抑えるものなのです。しかし、IT化の促進によるグローバル化で今までは日本独自のノウハウとして日本でしか生産出来ないとしたものは前述のようにどんどん失われつつあります。この環境下ではやはり日本の実績に基づいた原価集計とそこから始まる原価低減はある種の限界に近づいているというのもまた一つの事実なのです。

3. 実績集計による原価とIFRS原価の差異の扱い

人によっては、『原価は安い同等機能の原価で集計するのならば損益計算書(以下PL)に計上される原価も安く計上されるので棚卸資産の評価損は計上されるものの、IFRSが全面適用された方が有利ではないか?』と思われるかもしれません。

しかし、既に実績として計上されている部分は確定しておりますので、これは原価差異的な扱い、すなわちグローバルレベルで見た場合、割高で非効率な作業の結果生じた原価における損失と言ったような内容で結局費用されるものです。試験研究費のように将来のCF収入獲得に貢献するものではないからです。

JP GAAPでも原価計算においては標準原価計算と言う手法があります。会社において標準原価を定め、実績集計原価と標準原価の差額は原価差異として処理されるものです。JPGAAPにおいてはこの自社で最も効率的に稼動した場合として定められている標準原価が、IFRSにおいてはワールドワイドで他社で最も効率的に稼動した場合として定められているものを標準原価として採用しているとでも言えば良いのでしょうか。

この原価計算の扱いを見るにつけ、JP GAAPではインプット実績の集計に力を入れまた保守主義の原則から費用については可能な限り早めに見積り集計を心掛けているように思えるのです。反対にIFRSではアウトプットによる換金可能性の判定に力を入れまた期間収益対応の原則により、例え費用が発生してもそれに対応する収益の発生が後であるのならば一旦は資産として費用計上を見送る方策を採っているように思うのです。

4. 最後に

この会計コラムではIFRSを中心に述べていますが、どの角度から論じても同じ会計基準でありながらIFRSはJP GAAPと反対と言うか対照的な処理になりがち です。これはJP GAAPでは特に規定していませんが、フレームワークによりPL中心の考えを持つJP GAAP、BS至上主義の立場をとるIFRSのスタート地点の乖離がもたらす深い溝と思うものです。


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