IFRS全面導入で見直される原価計算

投稿日:2012年10月01日

1. IFRSにおける原価計算の立ち位置

原価計算は国際会計基準(以下IFRS)の日本への全面導入によって大きな影響を受けると言われています。当会コラムでは今回から2回に分けてIFRS全面導入により現行の原価計算が受ける影響についてまとめたいと思います。

実はIFRSの規定では原価計算そのものに直接は言及していません。IFRSではIAS第2号『棚卸資産』が規定されており、この部分が原価計算に関連すると捉えられるものです。

そもそも原価計算とは製品やサービス売上について掛かった費用を売上原価として集計し、差し引くことで直接の利益を算出するために使用される手法です。これまで製造業を中心に様々な原価計算手法が考案されてきましたが、近年ではサービス業においても盛んに行われるものです。特にIT業界においてはソフトウェア会計として開発から販売に至るまでの過程を明らかにし、知的所有権として資産計上すべき部分と、開発費として費用処理する部分を定めているものです。

IFRSが原価計算について間接的にしか触れていないのに対し日本の会計基準(以下JP GAAP)ではこれら原価計算の考え方をまず『原価計算基準』としてまとめています。加えて最近ではソフトウェア会計に対応し『研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針』を公表しているものです。

2. 原価計算の立ち位置の異なる背景

このようにJP GAAPとIFRSでは原価計算の立ち位置が異なるわけですが、それは何度かこのコラムで指摘させていただいている会計基準のフレームワーク即ち基本概念に根ざしていると筆者は考えます。

IFRSは『資産負債アプローチ』と言う考え方に根ざし、貸借対照表(BS)の資産、そして負債に至るまで公正価値評価をすることを基本とするものです。この考え方は最終的には決算毎に会社買収や会社清算時の株主返還される額の評価に繋がり、いつ会社の所有者が変わっても企業価値が正しく計算されるような会計的な手法が確立したものです。最終的にはBSの純資産が買収時の企業価値となるように帰結するように思います。

対して、JP GAAPにおいては『収益費用アプローチ』と言う考え方に根ざし、損益計算書(PL)における会社の活動から生じる利益の算定を基本とします。この考え方によれば企業は原則永久に活動するという企業継続性の原則を根拠に、その例外である会社買収や会社清算時に生じるであろう資産、負債の評価損益は通常の会計処理においては考慮しないものです。従ってこちらの考え方によるとあくまで算出すべき数値とは、会社の事業活動によって生じた利益こそが最終目的となるものです。そして会社買収や清算時には改めて会社の買収時に行われる会社の資産や負債の評価作業としてデューデリーが行われるものです。

勿論、IFRSにおいても上記の場合デューデリーは行われますが、既に開示されているIFS決算の中身の再確認の意味合いが強く、追加作業として改めて資産負債の評価を行う現行のJP GAAPにおけるデューデリーとは大きく異なるものです。

3. 研究開発費の取扱いの違い

私は、IFRSの何でもかんでも公正価値評価する手法、少なくとも私にはそのように時に疑問を感じるものなのですが、上記『資産負債アプローチ』に根ざした会計処理への一貫性は高く評価するものです。一方のJA GAAPは実務を発展させ会計基準としているので、時に会計処理の一貫性が欠けてしまうものです。その際たるものが、IFRS導入時の原価計算に大きく影響を与える研究開発費の取扱いと言えるのではないでしょうか? IFRSにおいては、研究開発費は原則一旦は全額資産計上が義務付けられています。その上で決算の都度、公正価値評価として将来のCF収入に見合う資産計上がされているかどうか減損判定テストを行うものです。

一方JP GAAPではまず研究開発費として費用計上した上で、知的所有権などの資産性が認められたもののみ無形固定資産として資産計上をするものです。

IFRSは資産負債アプローチにより実態の有る無しにかかわらず会社清算時のキャッシュインカムに繋がるものは資産として認めています。反対にJP GAAPは収益費用アプローチにより、特に保守主義の原則の流れを強く受けているものです。保守主義の原則とは収益については換金性などの実態を伴う場合のみを実現としそれが確認されるまで出来るだけ計上を遅らせることです。反面、損失については確定する前から合理的疑いがあり金額が見積れるのであれば計上することが投資家保護に繋がる適正な会計処理と言う考え方です。

研究開発費を、技術革新を促し将来の収入を生む投資と見るか、研究開発の成果が実用化されるまでは単なる費用支出に過ぎないと見るかがこの両極端な処理の差の原因となるものです。

4. IT投資と言う言葉の意味

この食い違いは、原価計算とは離れますが他の会計処理についても言えるものです。例えばIT投資、これはそもそも情報ハイウェイ計画を国策としたクリントン政権下のアメリカから日本に輸入された言葉ですが、日本では翻訳上IT投資と言う言葉を用いながらもその実態はIT化費用でした。会計処理は勿論、企業の経営者の多くも費用と考えIT投資の抑制を図ったものです。このような投資なのに資産性は極端に認めない矛盾した処理が日本の会計処理が時に一貫性に欠けるのではないかと思う所以です。

同様に企業が会社を買収する際に、その会社のノウハウに着眼し純資産価格に上乗せされるのが一般的ですがこの差額をのれんと呼ぶものです。こちらについてもIFRSは様々な分析を義務付けると同時に原則資産とみなし、あくまで費用処理する場合にはCF収入予測に基づく減損テスト対象資産とするものです。対して、JP GAAPではどんなに買収会社が収益を計上していても原則償却資産とみなされ、20年内に償却を均等額以上行うことを義務付けるものです。

これも保守主義の観点からすれば、優れた会社のノウハウもいずれは陳腐化するのだからやみくもに資産性を認めるべきではないと言うことになるのでしょう。

特にのれんについては株式交換などの手法を通じ、規模を拡大している新興企業の経営者を中心に、IFRSでは資産計上が認められるのに、JP GAAPでは費用処理を要求するのはおかしいし、企業収益の圧迫要因となりグローバル競争の中で不利であると言う意見が良く出されているものです。

5. その他のIFRSにおける原価計算の処理の相違

さて、ここまでの話ですとIFRSの原価計算はJP GAAPでは費用処理している項目の多くに資産性を認めているので早期にIFRSに切り替えた方が損益計算書(PL)上は有利ではないかと思われる方がいるかもしれません。

そうは単純に行かない部分もありますので次回はその点につき触れたいと思います。


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